『オカルティズムと現代』H27年度第7回の報告と次回の開催日程平成27年12月6日(日)

『オカルティズムと現代』第7回の報告と次回の開催日程について
11月8日(日)14:00~16:00 YCAM2F多目的室にて第7回を開催。出席者5名。
自由発言で話題となった事項(私的コメントを含む);
・松本道別(1872~1942):治療を捨てた野口晴哉の師としてウィキペディアなどを参照。
(治療を捨てることで暮らしが成り立たなくなったのではないか?)
・現代の世界情勢の中で日本及び日本人をどう見ているか?(例えば中国・ロシア vs.USA)
 → 正義と悪という二元論的観点からは把捉できない歴史的徴候
 そのような現代に生きる「個としての人間の自由」がシュタイナーにとっても大きな問題であった。
 時代と個人との関わり方を一般論として括ることは論外であり、他者において目覚めるという自我レベルでの試みが世界的なレベルとどう関係し得るのか?
・所謂「ヤラセ」に見るメディア(マスコミ)の危うさとイイカゲンさ。
・農地解放の前と後での自作小作の在り方の多様性(地域問題と関連して)
以下は『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』からの抜粋(「神秘修行の諸条件」P.123~138);
・その師と同じ道を歩むつもりがあるかどうかは、個人の自由な意志に委ねられている。
・(具体的な実践の)条件は確かに厳しいが、しかし過酷ではない。そしてその条件を充たすことは常にひとつの自由なる行為であるべきだし、そういう行為であらねばならない。(修行は内なる生活の育成である)
・以下の諸条件のどの場合にも、それを完全に充たすことではなく、それを充たそうと努力することが求められている。~ ただこの道を歩み続けようという意志と心構えだけが大切なのである。
①肉体と精神の健康に留意すること(自主性に基づいた健康への意志)
 特に重要なのは完全な霊的健康のための努力である。(明瞭で着実な思考・確かな感性や感情)
②自分を全体生命の一部分であると感じること(各人がそれを自分流に充たしていけばよい)
 自分が全人類の単なる一部分ではあるが、そのような部分として、生起する一切の出来事に対する責任をも分有しているのだ、… ~ 自己改革は各人の内面の問題としてのみ始められねばならない。
 神秘修行者は社会の表面においてではなく、魂の内奥において判断しなければならない。
③自分の思考と感情が世界に対して自分の行為と同じ意味を持つ、という立場に立つ
 個人の内面世界の世界的意味を信じることができぬ間は神秘修行者となる資格がない。
④人間の本質が外観にではなく内部に存するという観点を獲得する
 ⇒ 内的な義務と外的な成功とを区別することがはじめてできるようになる。
(中庸の道 /「精神の天秤」:「開かれた心」⇔「内的確信と不退転の持続力」)
⑤一旦決心した事柄は忠実にこれを実行する
 高次の世界にとっては、もっぱら行動に対する愛だけが決定的である。
(欲望からなされた一切の行動は高次の世界にとって価値を持たない → 供犠に自らを捧げる用意)
⑥自分に向ってくるすべての事柄に対する感謝の気持ちを養うこと
 自分の存在は全宇宙からの贈り物である。(高次の認識に到るのに必要な慈悲心を育てる)
⑦人生をこれらの条件にふさわしく形成すること(①~⑥の統一)
・すべて内なるものは外においても自己を全うしなければならない(神秘修行も外的表出をもたずには存在しえない)
・悪意に対するもっとも正しい戦い方は善意を実現することにある
・創造活動と敬虔な態度、この二つを尊重することが神秘修行者に求められる基本感情である
・成功への愛ではなく、努力への愛だけが進歩を促す
・神秘道においては、学ぶという行為がすべてなのである(学び続けようとする意志が問題なのである)
 (静かで敬虔な傾聴が必要になってくる)
・真理内容も高次の生命もすべて人間の魂に内在しているから、各人はそれを自分で見出すことができる
【文責:学級委員 岡田隆】
次回の開催予定日
第8回 12月6日(日)14:00~16:00 YCAM2F多目的室
 『整体入門』(ちくま文庫)『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』(ちくま学芸文庫)

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